賽德克(セデック)族、クムと村を散歩!!in南投

お昼寝の後に~

クムと子供達と、

セデック族トゥダ(タウツァ/道澤)群の部落を散歩しに行った。

霧社事件後に日本軍の「味方蕃」となった、「タウツァ蕃」と呼ばれた族群の人々の村です。

伝統的な家!!

古〜い!!

今もこの家で織物をしていて、中には綺麗な生地が干されていた。

日本人と共にモナルドと戦った、セデック族の人お墓。

日本人が作ったので、”頭目タイモワリス外十八名之墓”

と、漢字とカタカナが彫ってあった。

吊り橋

上から見る景色は、絶景

だけど、、、

この吊橋、小さいのに幅ギリギリで

バイクや小型車も通る!

ダッシュで逃げた

最後に行ったのは小学校。

壁には昔から大事にされているお話や、生活が壁には描かれていた。

これは、狩の様子を表した絵!!

鳥の鳴き声、山の音を良く聞き、静かに、焦らずゆっくりと狩に向かう。

少しでもいつもと山の様子が違かったら、狩に行かなかったそう。

女性は、機織りが一人前にできなければ、結婚が許されなかった。

今も小学校で機織の授業があって、自分達で生地を作っている。

そして、これは昔の恋愛の絵。

好きな人が奏でる音に合わせてダンスをする!!2人の息が合えば結婚!!

顔の入れ墨は

男性は、敵の首を切った者は真の男になり、顔に入れ墨を入れられる。

 

女性は、いくつかある織物を覚えて

一人前に折れるようになると顔に入れ墨を入れられる。

女性の場合は、顔にタトゥーがないと結婚できなかったらしい。

クムがとても分かりやすく説明してくれた!!ありがとう!!

昔からセデック族には、いくつかの集落があり、

自分たちの狩場を巡って争っていた。

 

日本統治時代もセデック族は、部族内でにらみ合いが続いていた。

モナルドを率いる約300人が日本人を襲った霧社事件の後、

 

モーナ・ルダオ達に対立していた集落は、日本軍と手を組んだ部族もいた。

最終的に、約1000人が亡くなり、降参した約500人が生き残った。

 

もし、自分だったらどうしてたかな。

食べ物を与えてくれる先祖の森、川、土地をよそ者に汚され奪われ、

かつての生活ができなくなる。

 

伝統のタトゥーも掘れなくなり、真の男(セデックバレ)になれなくなる。

誇りとプライドを捨てなければいけない。

 

その為に命を捨てて戦えたのだろうか。

モーナ・ルダオや、共に戦った人達の気持ちは、計り知れない。

 

クムの話だと、現在日本の事を嫌っている人の話しは聞いた事はないらしい。

 

でも、それは誰にも分からない。

この歴史は日本人全員知るべきやと思う!!

 

過去を学んで同じ過ちを繰り返さないようにしなければ行けない。

過去を学ばなければ同じ事を繰り返す。

 

と言う言葉がある。

僕もそう思う。

 

クムの気持ちも聞いてみた。

 

「昔は、昔!!私達は、今を生きてる!

今、私たちがこうやって、しっかり話し合って交流することが一番大切だと思う。」

 

と言ってくれた。

その通りだと思う。

 

台湾へ来て、自分たちの知らなかった日本が見えてきてショックで心が痛くなる事もあるけど、

こうやって友達と一緒に意見を交し合えることは本当に嬉しい。

共に、色んなことを学んでいきたいと思う。